よく話題になる話であるが、一部の評論家から「ジョンは過大評価されすぎだ」とか、「ビートルズ解散後は音楽を作っていない」と揶揄されている。確かに解散後のジョンの曲はイマジンしか知らないという人が多い。作曲のセンスはビートルズ時代(厳密に言えばオノ・ヨーコがジョンに近づいてくる前)が一番かもしれない。しかし、本当に解散後は音楽を作っていないと断言してしまってもいいのだろうか。
解散後、ジョンはヨーコとの間に生まれたショーン・レノン(彼も後にミュージシャンとなる)の子育てをするために音楽活動から離れていた時期がある。また、米国が主導する戦争に反対するなどとして平和活動も盛んに行い、作曲も平和に関する事や彼自身の内面的な悲痛を歌うことが多くなった。これらの曲は大して話題にならなかったが、当時泥沼化していた戦争に対する不信感を抱いていた若者に対しては大きな影響を与えたのは紛れのない事実である。ジョンは音楽という枠を飛び越え、その人間性を通して多くの人にメッセージを届けたかったのではないだろうか。音楽性も衰えた訳ではない。音楽の表面よりもずっと底を見据えた、ジョンでなければ表現できないテイストを感じさせてくれる曲がたくさんある。現に「マザー」、「労働階級の英雄」「God」はそういった要素が詰まっている曲だと思う。
よく人は大事なモノを失ってから、初めてそのモノの大切さに気付くことがある。ジョンが暗殺され、この世からいなくなってしまったが故に、大いに尊敬され、崇拝されているのではないだろうか。それはジョンの偉大さに改めて気付かされたのであって、決して過大評価されている訳ではないのである。
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